三宅島オートバイレースとは

一昨年ほど前から話題になっていた三宅島を舞台にしたオートバイレースが2007年11月に開催されました。三宅島といえば2000年に火山が噴火して全島民が避難したことはまだ記憶に新しいところです。しかし島へ帰島できるようになった今でも噴火の影響は大きく、観光客も以前にくらべてかなり減少しているようです。そこで、このような状況を打開すべく掲げられたのが三宅島の周囲をめぐる公道をつかったオートバイレースです。この案を提唱していたのが東京都の石原慎太郎知事で、三宅島復興の切り札としてでてきたアイデアです。このアイデアに元となっているレースというのがイギリスのマン島というところで行われている「マン島・ツーリスト・トロフィー・レース」(マン島TTレース)というもので、世界最古の公道レースとして有名です。石原知事もこのマン島に訪れており、三宅島オートバイレース開催への参考にしたようです。
もしもこのオートバイレースが日本で実現したら、現時点で日本では唯一となるオートバイレースとして注目され、三宅島の復興にも一役買うことになるものとして期待されていました。そして、いろいろ紆余曲折はありましたがモーターサイクルフェスティバルとして実施されました。

三宅島で実施されたオートバイレース

三宅島で行われたオートバイレースですが、実際にはレースというよりもバイクイベントとして開催されました。当初は三宅島の周囲を囲む公道を使っての本格的なオートバイレースを実施すべく東京都も動いていましたが、計画を進めていく段階で多くの問題点が出てきたようです。
実施にあたって、東京都に評価を依頼されたプロレーサーの宮城光さんによると、バイクレースを行うには道路の幅が狭く、民家や石塀も多くあることで、安全対策を施したとしても十分な安全性を確保することは難しく、都内の病院まで40分もかかってしまい救急体制も十分とは言えない。事故が起こった場合のバイクの逃げ道や安全地帯の確保も難しく、災害が大きくなってしまうことが懸念されるなど、三宅島でオートバイレースを行うことに対しては反対の意見を出されました。
同様に世界選手権参加経験のある難波恭司さんもオートバイレースを開催すべきでないという内容のレポートを提出しています。また、ホンダをはじめとする国内のバイクメーカーの協力を得ることができず、当初強硬姿勢だった東京都も、安全面の問題から三宅島周回道路を使っての本格的なオートバイレースの実施は断念し、滑走路を使ったドラッグレースやツーリングラリーなどのバイクイベント「チャレンジ三宅島 '07 モーターサイクルフェスティバル」として開催されました。

チャレンジ三宅島モーターサイクルフェスティバルの今後

いろいろと問題を抱えながら実施された「チャレンジ三宅島モーターサイクルフェスティバル」ですが、三宅島オートバイース実行委員会のサイトで参加者数が公表されています。オープンニングパレードでの参加台数は島内が21台、島外からが57台、マーシャル6台の計84台。沿道での観覧者は1,600人もいたそうです。二日目のドラッグレースではプロストックバイクが11台、スーパーストリートが8台が参加したようです。最終日のツーリングラリーの参加バイク数は一般からの参加が48台、マーシャルが21台の計69台でした。
ツーリングラリーは三宅一周道路を反時計回りに走ります。コース上の2箇所の決められた区間において、走行スピードを計測し、あらかじめ決められたスピードで走行できるかどうかを競うものです。規定のスピードに近いライダーにポイントが与えられ、高ポイントを獲得した者が優勝ということになります。
正直なところ、三宅島でオートバイレースを開催すると聞いたときに想像していたものとはずいぶん違った形になってしまったのかなぁという感想です。3日間のイベントの期間に三宅島に訪れた人の数は合計で909人ということです。これが多いのか少ないのかは分かりませんが、今後このオートバイイベントはどう展開していくのでしょうか?本格的なオートバイレースに発展するかどうかは未知数です。しかしモータースポーツ文化が盛んとはいえない日本において、マン島TTレースのような歴史あるオートバイレースに育てるためにはかなりの時間と努力が必要ではないでしょうか。
今年もオートバイイベントとして継続するのかは分かりませんが、三宅島オートバイレースとして成長していくことを期待しています。

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